株式投資の歴史lはどれくらいあるのでしょうか?

株式投資の歴史について

株式投資の歴史

世界に「株」と呼ばれるものが登場したのは意外に古く、17世紀の大航海時代にまでさかのぼらなくてはなりません。当時、ヨーロッパでは貿易が盛んであり、それに伴う船の建造が急がれました。しかし、船をひとつ作るにはとてつもなく多額のお金がかかります。海賊も多数出る時代でしたから、沈没の危険性もありました。そこで、リスク・リターン分散目的として、1602年に初めて、オランダ東インド会社が「株式」と呼ばれるものを発行。投資家からお金を集めて船を建造し、貿易による利益分配をスタートさせたのです。株を買った人たちは、貿易で利益が出れば現在の株と同じく、配当金を割合に応じて受け取ることができました。前述のように、海賊に襲われて船が沈没してしまった場合は、株を買った時の出資分のみを負担するという仕組みになっていました。

 

世界初の株を発行した、オランダ東インド会社は、貿易の利益に応じた割合で株の配当金を投資家に分配するシステムを作り上げるのですが、これは現在の株式会社と全く同じシステムで、要するに「この会社に出資すれば、事業利益が上がり、我々投資家も利益分配の恩恵を受けられる」と考えた投資家から出資金を募り、集めました。そして出資金を出した投資家には、会社から証明書が出されました。これが現在で言う「株式」です。利益配分は出資金比率に基づき配当されました。多額の出資を行った投資家は、それだけ多額の配当金を受け取ることが出来たのです。

 

投資家が多くなれば、貿易先の選定や船の設備、船員などについて、意見を出してくる人も大勢いたでしょう。当然です。海賊行為で沈没するかもしれない船を無事に貿易を終わらせて帰ってくるには、それなりの設備をきちんとし、しっかりとした貿易ルートを確保しておかなければならなかったのですから。そのためにオランダ東インド会社は、会社で投資家たちを集めて会議を開きます。これが「株主総会」の原型です。そこで半数以上の賛成が出れば、会社はその方針に従い、運営されていきました。

 

実際の運営は出資者が常に会議を行い、会社運営が行われていましたが、何かあるたびに会議会議では非効率です。そのために、出資者は「取締役」に会社経営を任せることにします。これも現在の株式会社の形態と同じです。選ばれた取締役は会社経営に関してプロですから、その人がしっかりと1年間、会社を運営し、毎年決まった時期に株主総会を開いて、運営した取締役を評価するというシステムが出来上がりました。

 

 

株式市場の誕生

大航海時代に誕生した「株式」という制度は、毎回の航海が行われるごとに出資者を集めてお金を募っていました。そして1回の航海が終わるごとに配当金を還元していました。しかし、これではコストも手間もかかるということで、1回目の航海が成功した段階で、その利益を次の準備金にして、さらなる業績アップをはかるようになりました。これは現在で言うところの「配当金」と企業の「内部留保」金の関係です。

 

しかし、これでは投資家にとっては、毎回、配当金が還元されてきた今までのシステムとは異なり、その会社の株を持っていても、投資資金は変換されて来ません。そこで「株式市場」が作られることになりました。これは多数の会社の株を取引する場所であり、投資家同士が自分の所持している株を売買できるようなシステムを形成したのです。当然、業績が上がっている会社の株は大勢の投資家に人気があり、逆に業績が低い株は投資家から敬遠されていくようになりました。この大航海時代に作られた株のシステムは、全て現在でも通用する素晴らしいシステムであったのです。


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